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豊田美智子の個人的なブログです。

平成31年1月3日の記事です。

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になり、ありがとうございました。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年12月31日にお手洗いと洗面所を掃除した後、疲労の発作が出て、そのまま寝込むことになりました。情けないですが、仕方ありません。元旦は雑煮を作り、かまぼこを切るだけで、ほとんど横になって過ごしました。

その後、2日に私の実家へ私とダンナ、バツ2の私の弟と一緒に行きました。でも、母親の様子がおかしかった。様子を見ながら、しゃぶしゃぶ(安い肉)の鍋将軍をし、片付け物を済ませ、残ったご飯をおにぎりにした後に母親の姿を見ると、顔が真っ白で、熱痙攣を起こしています。私以外は誰も熱痙攣と分からないので、私が即座に救急に電話をかけ、駆けつけてもらいました。母親が自分で熱を測れなかったのですが、救急車の時点で40度の熱がありました。

午後8時に救急車に乗り、8時15分に2次救急の病院に到着し、まずはインフルエンザのチェックをしました。でもマイナスだったので、今度は肺炎を疑ってレントゲンへ。その結果は看護師さんから教えてもらえませんでした。

その後、午後10時30分頃になってようやく診察室に呼ばれました。結果は、中程度より重い、尿道炎でした。入院して抗生剤を打つことになりました。その後、母親が突然ひどく寒がり、点滴室のベッドで寝かせてもらっているうちに、意識がなくなりました。私が行っても、意識は戻らず、看護師さんに大声で名前を呼んでもらって、少しだけ意識を回復しました。

その後、なかなか意識が戻らなかったので脳のCTを撮ってもらい、脳には異常がないことがわかりました。この日はとりあえず、集中治療室に入らせてもらうことになりました。この時点で午前12時30分でした。

今朝(3日)、母親を見に行くと、36度台の熱に戻っており、一般病棟に移ることになりました。先ほど(3時30分頃)病室が決まったとの連絡があり、明日、電動車椅子で単独で病院へ行くことになりました(ダンナが仕事のため)。父親は車で行きます。

なんかおかしいな〜と思っとったんやけどなーと、父親の談話。大声で言いたい。「オトコは頼りにならない」。男性の方、申し訳ございません。特に、ウチの実家は家父長制だから、母親はしんどくても我慢する傾向にあります。

母親が尿道炎で、あの世に行くことがなくてよかったです。でも一時は危なかった。76歳だもんね、高熱で死亡してもおかしくないです。父親は79歳。いまだに家父長制を続けています。

まずは母親が不調の時はそう言える体制を、作っていかなければならないなと思いました。今年最初の課題です。さて、どういう作戦で行くか、考えないと。