構造化コーディネート研究所(cc−labo)

代表である豊田美智子の個人的なブログです。事業所のURLはhttp://cc-labo.jp/です。

「声」を私の最期の判断基準にしたいと思っています。


 今日の午前中、義長兄と共に義母が入院先からショートステイ先(近所にあります)に無事に移送が終わったとのこと。ひとまずホッとしました。移送の際や、実際にショートステイに入ってみて、見えていなかった義母の身体変化が分かり、今後のケアプランにも反映していかないといけません。

 午後から義母のケアマネさんがウチにお越しくださり、契約をさせていただき、加えて上述の話をお聞きしました。17日の担当者会議の時に、ケアマネさんがケアプランのたたき台を出してくださり、ヘルパーさん達と話し合うことになりました。私の退院時とは異なり、目的・目標そして事前資料(たたき台)のある、無駄のない「カンファレンス」になりそうで良かったです。



 私自身は午前中にレスピロさんとお会いし、カフアシストの契約をしました。いよいよ21000円/月の支払が始まります。キビシイです。とはいえ、徐々にコストパフォーマンスが大きくなってくることかと思います。

 他にレスピロさんと、BiPAPや気管切開の話をさせていただきました。私は8月以降にBiPAPの再入院を予定しています。でも、そこでも私にBiPAPが合わないようであれば、私はBiPAPの使用を諦めます。その場合どうするか、いろいろ考えた結果、早いうちに気切をすることを視野の1つに入れています。但し「声」が出せることが条件です。

 私はギリギリまでBiPAPでつなぎ、いよいよという時に気切≒人工呼吸器(TPPV)という考えにこだわりたくないと思っています。この考えは神経内科のDrに多いような気がします。でもBiPAPはダメであっても、気切をして、「声」が出せて、仕事が続けられるなら、早い時期の気切という道があるのかもと感じています。こちらの考え方は呼吸器内科のDrに多いような気がします。もちろんこれは、気切≒人工呼吸器(TPPV)ではなく、気切と人工呼吸器(TPPV)装着までの期間が長くあると仮定してのことです。また「声」を出すためには声量マイクが必要かも知れないけれど、それはもちろん取り入れます。声量マイクじゃなくて、拡声器だったりして(^^) 「大日本ALS患者専用装甲車」に乗って、霞ヶ関にでも行ってこようかな。但し、玄関までね。


 私は、つけたら死ぬまではずせない人工呼吸器(TPPV)を拒否する気持ちには変わりはありません。私の『その時』の状態が気切≒人工呼吸器(TPPV)であるならば、人工呼吸器(TPPV)に加え、気切も拒否する気持ちに変わりはありません。けれど、BiPAP≒気切、として考えることができるのであれば、気切は人工呼吸器(TPPV)の為に行うものではなく、BiPAPの変わりに呼吸を助けてくれるものである、という考えを自分の中に追加することを検討しています。

 そのためにはもちろん、気切等について更にいろんなことを調べていかなくてはいけません。仕事の内容も、講座・出張アドバイス型から自分のフィールドで仕事をする事業型に変えていく必要があります。生活の場もこの家では限界ですので、引越も検討しないといけません。もちろん、呼吸以外の障害が先に進んでしまう可能性があります(今は下肢が先に進みつつあります)。

 引越の方は、住居でなく、テナントに引っ越そうかと考えています。できれば自動ドアがついたところが理想です。その手前を自分の事業所や他の方と一緒に新たに立ち上げた会社(またいつか書きますね)などの事務所にし、その奥にベッドを置いて簡易的な生活ができるようにしていこうかとイメージしています。


 肺活量が激減し、「声」が出なくなった時が、私の最期としたいです。そしてパソコン持って、天国で自分の事業所を登記し、天国で新たに「声」をもらって仕事をします(^^) 誰にもらえるのかなあ〜私の「声」。今のように吃音のある舌っ足らずなしゃべり方・声じゃなくて、スムーズにしゃべれるかわいい声にしてね。