構造化コーディネート研究所(cc−labo)

代表である豊田美智子の個人的なブログです。事業所のURLはhttp://cc-labo.jp/です。

全体最適化に向けた動きを表現するのは、やはりブログじゃ無理だね。


 ブログを書くのを辞めようかと、ここ何週間か思っている。その割には長い文章を書いていたりするけれど。



 私たちの病気、もちろん他に病気や障害を抱える方もそうであるが、自分の利害関係者の主要な部分として、医療とも福祉とも保健ともお付き合いしていくことが求められる。その中で、自分の人生や生き方について考え、伝えていかないといけない。

 私の病気であるALSに限らず、仕事で関わらせていただいている障害等についてもそうだが、医療・福祉・保健の溝は大きいと感じる。医療の方に福祉の話を訪ねても解決の道を得ることは難しいし、福祉の方の中には医療のこと(例えば直近では人工呼吸器について)ばかり考えないで福祉のこと(長い療養生活のこととその体制のことなど)も考えてねとおっしゃる方もいる。

 この病気の医療の面、特に人工呼吸器のことが前面に出やすいのは、マスコミ等の影響もあるだろう。でも今回、私が人工呼吸器の話題に触れたのは、たまたま緊急時の病院を探していた時にその病院から「事前指示書」の提出を求められたからであり、私自身の療養(ないしは仕事)生活の中で、人工呼吸器だけをクローズアップしているわけではない。どうもこの点が、あちこちで誤解されているような気がしてならない。



 私は、医療についても福祉についても保健についても、もちろん考えている。でもブログは日記形式になるから、その日の記事、特に最近の記事だけをご覧になった方(もし定期的に読んでくださっていても毎回の内容まで覚えてられないですもんね)にとっては、この人は医療しか考えていない、人工呼吸器のことしか考えていない、人工呼吸器の選択までに長い間続く療養体制など福祉のことも考えないと、保健はどうなってるの、というように見えるであろう。

 特に福祉は医療や保健と異なり、水面下でさまざまな情報収集や分析、そして交渉などが行われる。それを1つ1つ、私はブログには書いていないし、書くつもりもない。一般化できること、利害関係の発生しないことだけを、ブログを続けていくならばこれからも書いていく予定である。

 自分の福祉についてブログに書くと、交渉の場面等で自分が不利になることだってあるし、地域が異なれば各種事情も異なるわけだし、一部分だけを表現すると間違った情報を発信してしまう・あるいは一部分だけを鵜呑みにされることになりかねないし、自分の福祉について書くことで昨日書いたような波にのみ込まれてしまう可能性だってある。危険はあちこちに存在しているんだから。

 また、1つの理論で私のことを語られるのはイヤであるということも昨日書いたが、福祉もその1つである。この病気を持つ人にとって、福祉との関わりが最も長くなるのは(急死してしまった場合などを除いて)誰もが当てはまるだろう。でも、ある一点だけを垣間見ただけで、貴方は福祉をよく考えている・考えていないと判断されるのは、私には耐えがたい。

 私は、時間軸:例えばド短期・短期・中期・長期、そして空間軸:例えば進行・場所・位置・対象・立場、それらをいくつも混ぜ合わせて医療・福祉・保健等のことを考えていく必要がある訳であり、それらがプロセスやシステムとして働かないと(自分で自分のプロセスやシステムを作っていかないと)、私は生きていけない。



 病気・障害のことに限らないけれど、全体最適化に向けた私自身のシステムやプロセスづくりの動きをブログで表現するのは、やはり無理だと感じる。私にはごく一部の方しか実際にどんな方か見てくださっているかが見えないのに、バーチャル上で多くの方を相手に文章を書くというブログの矛盾、ないしは限界ですね。

 そして、時間軸・空間軸を自由自在に変えて対話や発言をしていくには、やはりブログでは無理がありますね。私自身の仕事の仕方・生き方とブログという形式とは、相容れないものであると改めて感じました。

 逆に、他の各種ブログやHPを時折拝見し、得られる情報もある。けれど、時にはそのソースや事実を見極めることも必要となる。ブログもHPも個々人の自由な発言の場であり、余程のことがない限り、それに責任を負う必要はないからね。だから著作権の侵害も起こりやすくなるし、大衆迎合も起きやすくなる。

 また、私自身、仕事で気をつけないといけないと思っていることの1つが、1つの事柄で全体を決めつけないということである。先ほども記述したが、私が病気になり、逆に私自身が、以前にも増して1つの事柄・記事で全体を決めつけないで欲しいと思うようになってきている。

 でもそれでも決めつけられてしまう(しまいかねない)場面に遭遇してしまうのは、私の文章が下手なことも影響しているのかもしれない。また、私の文章の書き方も、(最近の流行とは逆行した、大衆受けしない)段落を重視した文章形式で書いており、専門書等を読むことに慣れている方にとって読みやすい形式を取っているから、そのことも伝えたい内容が読む方にとっては間違って捉えられる原因になっているのかもしれない。でも、私はブログも自分の作品=仕事の1つと考えているのと、私自身が段落読みに慣れていることもあり、一部を除き、このスタイルは基本的に貫くと思うけれど。



 文章の書き方からしてもその内容にしても、私のブログは硬派なので、固定客?がそんなにいらっしゃるブログじゃないし、このブログを辞めてもいいかと思うことも多い。ただ、私を支援して下さる方々に、私の事情(例えば食べ物や薬事情、他の病気、プロフィールなど)を伝えるにはとても便利な道具である。自分のブログをプリントアウトして、支援して下さっている方にお渡しする機会も増えてきた。もともと、自分のデータベースと生存確認のために作ってきたブログだからね。そのためか、私のブログをご覧になった上で、メールで意見交換させていただいている方(顔の見える方)も多い。

 格好よく言えば、ブログでは戦術は伝えられても、戦略は伝えられないということかな。昨日・一昨日の私のブログの内容は、私自身の戦略を立てていく上での発想方法がテーマ(タイトル)であり、人工呼吸器はその発想における戦術でしかない。でもそれが伝わるわけないよね、ブログでは。人工呼吸器という言葉や長い療養生活の体制づくりに過敏にならざるを得ない、この病気の当事者ないしは支援者にとっては特にね。

 同様に、普段の仕事でも、資格と制度に担保された非営利の方々に、戦略について伝え、考えていってもらうことに苦労しているのにね。非営利の仕事は、これまでの歴史上からみても、どうしても戦術中心になりがちだから。ましてや私の病気のように、突然降ってわいた原因も治療法も分からない病気になってしまった方々にとっては、戦略やら戦術やら言ってられる状況じゃないでしょうから。

 分かってはいたけれど、結局は全体最適化に向けたシステムとプロセス作り、すなわち戦略は、結局、個々の患者で考えないといけない訳であり、ブログで伝えられるものではない。ブログで共有できるのは戦術でしかない。まあ、ブログはいつでも辞められるから、自分のデータベースと、日々起こるアホなこと書きながら私の生存確認をしていただけるための道具と、改めて割り切るとするか。私を取り巻く医療・福祉・保健等の全体最適化に向けたシステムとプロセス作りについては、身近な方とアナログで情報交換しようっと。でないと疲れるわ。そうでなくても、疲れやすい身体なのに。



 という訳で、広域関西メンバーのみなさん、いつも応援してくださっているみなさん、お世話になっている機関・事業所のみなさん、またアホなとよ猿と遊んでやってください(^^) 楽しみにしてます〜。