構造化コーディネート研究所(cc−labo)

代表である豊田美智子の個人的なブログです。事業所のURLはhttp://cc-labo.jp/です。

2016/1/12 リンデロン0.5錠(0.25mg)継続期25日目:『海難1890』を観てきました。

2016/1/12 リンデロン0.5錠(0.25mg)継続期25日目:『海難1890』を観てきました。 ーーー 今日は午前中に仕事をして、お昼をM大先生にごちそうになりました。ありがとうございます。

残念ながら、午後からの仕事が中止になったので、いつ上映が終わるかも分からないと思い、『海難1890』を一人で観に行ってきました。

私の住む市の隣の市にある(さびれた)映画館で、お客さん10名という恵まれた環境で観て参りました。

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私は歴史が苦手なため、歴史的解釈を入れた感想を述べることは出来ませんが、映画を見ながら感じたことを書こうと思います。

上映している間、私はボランティア”持論”を頭に浮かべて観ていました。「助け合う」(「助ける」じゃなくて、あえて「助け合う」にしています)という無償の自発性を生み出しているものは何か、という視点をもって『海難1890』を観ていると、日本が昔からいかに「場を助け合う」という草の根の気持ちが根付いていたかということが良く分かります。当時はまだNPOなどという言葉は日本にはなかった時代です。ボランティアという言葉すら、まだなかった時代でしょう。

トルコという国のことを良く分からないので、トルコに「助け合う」という草の根の気持ちが根付いているのか、根付いているならどの程度根付いているのかかは良く分かりませんが、トルコは日本とは違い、「時を助け合う」をいう気持ちが強いのかな?と思いました。

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つまり、場所の視点と時間の視点の違いです。日本は場所の視点(場を共有する:「場を助け合う」)が強い民族性を持っていると考えています。逆にトルコは、時間の視点(時を共有する:「時を助け合う」)が強い民族性を持っているように感じました。なので、”先祖を助けた日本人”を、”今を生きる人々”が助けて下さったのでしょう。

日本も時間の視点(時を共有する:「時を助け合う」)として、地震の際の助け合い(阪神・淡路大震災で助けられた方が、東日本大震災で助けにまわるといった例)といったことは見られます。けれどその時間軸はあまり長くありません。やはり、場所の視点(場を共有する:「場を助け合う」)が強いように感じます。

もちろん日本人は、先祖を大切にするという心を持ち合わせています。なので、戸籍上の先祖が生きている間に受けた恩を、今を生きる子孫がお返しするという行動はあるかもしれません。また、戸籍上の先祖ではない先人を敬う気持ちを持っている方が私の周りにはたくさんいらっしゃいますが、国全体としてはまだまだ多くありません。地域単位、国単位の時間と場所の視点を持てば、日本人はもっと深く広く思いやりのある国・国民になれるんじゃないかな、と感じました。

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上映そのものについては、日本語にも字幕が欲しかったです。力を込めた台詞が多く、耳の良くない私には聞き取りにくかったです。また、最後のキャスト紹介に、日本語を入れてほしかったです。

そして、泣きたい方にはお勧めの映画です(?) 『杉原千畝』とは異なり、こちらは泣ける映画です。もちろん怒ることもできますが、もっと怒りたい方はぜひ『杉原千畝』と合わせてご覧下さい。

かれこれ20年以上、映画と縁がなかった私が、1週間で2本も映画を観るなんて、自分でも考えられません。でも、「杉原千畝」と「海難1890」は、日本人として観ておきたい映画だと感じていました。

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もっと歴史的視点から解説できればよかったのですが、私は歴史が苦手ですし、歴史の考え方(捉え方)は人それぞれだと思いますので、今回は拙いボランティア”持論”で感想を述べてみました。

この(これら)映画をご覧になられた方、歴史的視点またはそれ以外の視点から感想をお聞かせいただければ幸いです。

お互い、これらから得られる知見を共有しましょう〜。

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映画を見終わった後で、そういえば、「技術士一次試験の時に知り合った方は、合格するまで好きな映画鑑賞を我慢する」とおっしゃっておられたなあ。私は”受験生”ということも忘れて、観に行ってしまいました。まあ、いいや。^^

拙い説明で失礼致しました。(-_-) だんだん何を書いているのか分からなくなってきました。。