構造化コーディネート研究所(cc−labo)

代表である豊田美智子の個人的なブログです。事業所のURLはhttp://cc-labo.jp/です。

義次兄が亡くなりました。

今日7/20午後2時頃、グループホームに入居していた義次兄が亡くなりました。知的障害&認知症なので、痛いとも苦しいとも言えず、ひっそりと息を引き取ったようです。
 
義次兄は生活保護者です。そこで、亡義母(生活保護者)の時に葬儀代が市から少し出たので、担当者の方に連絡すると、今はその制度がなくなったとのこと。
代わりに、亡くなった義次兄の残した貯金と、喪主を務める義長兄(生活保護者)の貯金(ゼロです)を使い、通夜・葬儀はせず、葬儀屋さんの保冷安置室を使わせてもらい、出棺・火葬をして欲しいとのこと。
加えて、2人の残額で賄えない金額になった場合、他の兄弟から出してもらうこと、それでも足りなかったら市が協議するとのこと。そこまで厳しくなったのか、と思いました。
 
本人じゃないとダメなので、明日の市での話し合いは義長兄とダンナが葬儀屋さんと一緒に午後に行くことになりました。死亡診断書がないと火葬場の予約が取れませんから、まだいつ出棺・火葬が行われるかわかりません。22日(金)か23日(土)になりそうです。
 
後見人の仕事も終わりです。あとは被後見人が死亡した旨を、資料を添えて、大阪の裁判所と東京の法務局に提出するだけになりました。後見人になるまで、後見人になってからもいろいろ大変でしたが、いい経験ができました。ちょっとしんどかったけれど、勉強にもなりました。
 
いままで、義次兄にまつわる投稿をみて、応援していただいたみなさま、ありがとうございました。今後は義長兄の面倒を見ていかないといけません。また投稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

延命はしない。

ダンナと義長兄が今日のお昼に、義長兄の家で2人だけで話し合いをしました。その結果、義長兄は義次兄の延命を諦める、今の病状も往診医の先生にできる範囲のことをしてもらうだけにする、自然な形で最期を迎えたい、という結果になりました。

ついでにダンナと義長兄自身も、延命はしないと言うことを話してきたそうです。

今回は冷静に話ができたようで良かったです。いつもは義長兄が感情的になって、話し合いにならないので。。とりあえず、家族の方向性が決まったので、今日は良しとしよう。

保険が通りました。

『身体表現性障害(慢性疲労)』で保険が通りました。診断書を提出した次の日(昨日)に連絡があったので、”ファースト”生命保険会社、なかなかやるじゃないと思ってしまいました。
ちなみに、昨日、『身体表現性障害(慢性疲労)』の診察に行ったら、某市立大学や患者会などが使っている「筋痛性脳脊髄炎」なんて言葉は、”疲労医”としては使わないとのこと。
『身体表現性障害(慢性疲労)』は阪大の先生が命名されたとのこと。最近は他の病気でも、「身体表現性障害」という言葉を使うことが増えて来たとのこと。ググったら、病名が進化していることが分かりました。なるほど〜、と1人で感心しております。

昨日の続き(7/13)

昨日の続き。

ダンナと義長兄が義次兄を連れて、往診医さんの病院に行きました。レントゲンを撮るのに嫌がって一苦労したそうです。
レントゲンの結果は、両側共、少し影があるそうです。
入院したら早く治るようですが、知的障害&認知症を持ち、点滴チューブなどすぐ引っこ抜いてしまう患者を受け入れてくれる病院がありません。それよりも驚いたのが、入院したら、即日グループホームを退去してもらいますと、管理者がおっしゃったことです。確かに介護保険は1日ごとに報酬が払われる仕組みになっているのはわかっているのですが、即日と言われるとは思いませんでした。
グループホームを退去させられたら、もう行くところはありません。なので入院せず、グループホームで義長兄が付き添うことになりました。

ちなみに、義次兄に大腸ガンの疑いがあるので、検査した方が良いと往診医さんがおっしゃっています。大腸カメラを入れるまでのこと、いくら麻酔をかけたとしても大腸カメラを嫌がって検査させてくれないことなどを鑑みて、検査は諦めると私たち夫婦は思っていました。でも、義長兄は検査を受けさせたいとのこと。どんなことになるか、わかっているのやら。

ガンは治療しない・・・この方針で納得したじゃない。検査だけして治療はしないのはOKだけど、検査ができない義次兄に、無理は押し付けたくありません。もし検査できてガンがあるとわかっても、治療しないと決めたじゃない。約束、守ろうよ。

義次兄が誤嚥性肺炎かも??

義次兄がどうやら誤嚥性肺炎を起こしているらしい。片側肺炎ならまだしも、両側肺炎だったら恐らく入院になります(私の経験より)。
明日、往診医のクリニック(入院設備なし)に行ってレントゲンを撮ってもらいますが、入院が必要になったら、別の病院(私も肺炎で入院した病院)に行かなければなりません。しかし、知的障害&認知症の義次兄を、全く義次兄を知らない病院で預かってもらうのは困難を極めます。
グループホームの方から、ダンナに義長兄を病院まで連れて行って欲しいと急に言われ、いま、ダンナの仕事を調整しているところです。ダンナは他に仕事があるので、義長兄にも付き添いを依頼しました。
私の役割も出て来そうで、明日・明後日の私の通院が不可能になってしまうかもしれません。困ったな。。

検査してもらえず。

昨日(7/7)、お昼に退院して来ました。退院後、某国立病院へ行き、痺れと筋力低下の検査をお願いしました。けれど、検査はしないと言われました。理由はいろいろあるのですが、とりあえず、「朝はお日様を感じるように起き、昼は外でお日様の光を浴び、夜はちゃんと寝る」ように言われました。病気でそれができないから、困っているのですが。。

自宅に帰ったのが午後5時、みなさまに自宅に帰って来たご報告もせず(申し訳ございません)、ベッドに入ると同時に眠りに入り、気がつけば今日の朝9時でした。かなりの睡眠不足だったんだなと、改めて思いました。

朝、目が覚めると、早速ダンナから、義次兄の後見人のお仕事を伝えられました。明後日、法務局と裁判所に行ってきます。退院してきたとはいえ、病み上がりじゃなく、病んでいる途中なのですが・・・。

翌日になりましたが、退院してきたご報告を申し上げます。

 
 
 

明日(7/7)の午前中に、退院いたします

明日(7/7)の午前中に、退院いたします。皆様からのいろんな形の応援をいただき、ありがとうございました。心より感謝申し上げます。
3週間以上も自分でご飯を作らなかったことは初めてなので、ウチがどうなることやらと思っていましたが、ダンナも無事、生活してくれたようです。
慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)を持ちながらもどのように睡眠プログラムを組み立てていくかを大きな目的とした入院でしたが、周りの環境等の影響をうけ、目的は達成できませんでした。また、担当のDr.ともあまり話ができず、残念に思っています。

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明日の退院後、そのまま午後から違う病院(某国立病院)の診察を受けにいきます。1年ぶりの診察です。糖質制限を勧めてくださったDr.に、1年間のご報告と、新たに出てきた症状を見てもらう予定です。
いま、筋力が低下して、お箸を使うことすらできなくなってしまいました。フォークで食事をしています。また、痺れが止まらず、足の裏まで痺れるので、歩きにくくて仕方ありません。
そういった症状を、明日、相談してきます。
週明けから仕事に復帰する予定です。といいつつ、週明けは入院していた間に行けなかった他の病院
(例えばアレルギー・膠原病の先生のところなど)の予約がいっぱいです。

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短文ではありますが、皆様にお礼申し上げます。ありがとうございました。みなさま、どうぞご自愛くださいませ。